季節の移ろいを肌で感じられる暮らし

大重 圭司さん 大重 真璃さん
大阪府出身 唐津市出身
「唐津では良いものの情報が自然に入ってくるわけではありませんが、自分から動けば、農家や作り手の方が丁寧に教えてくれます。何でも揃っている街だからこそ、行動することでより深い魅力に出会える」とインタビュー時に話をされていた大重さん。料理人の大重さんは、京都から家族で佐賀県唐津市へ移住し、現在は、ご自身のお店『中華 大しげ』をご夫婦で営みながら、子育てを両立させた暮らしを送られています。今回は、そんなお二人の移住にまつわる話を伺った。
Q1. 移住前はどこでどのようなことをしていましたか?
圭司(きよし)さん:僕は大阪出身で、移住前は18年間ほど、京都で中華の料理人をしていました。ずっと中華料理を専門にしていて、京都市で2軒のお店に勤めていました。
真璃(まり)さん:私は元々唐津出身で、20歳の時に京都に出て料理人をしていました。夫とは違う店で働いてきたので、これまで一緒に働いたことはなかったんです。
Q2.移住をされたきっかけや経緯、決め手を教えてください。
2人目の子どもが生まれるタイミングで、将来について真剣に考えるようになりました。料理人として「いつかは独立し、夫婦で店を持ちたい」という思いは以前からありましたが、日々の仕事に追われ、具体的なタイミングを決められずにいました。
40歳が見えてきた中、もし子育てが一段落してから独立するとすれば10年後。50代で体力のいる仕事に挑戦し、店を出す決断ができるのか、そう考えたとき、「今動かなければ、もうやらないかもしれない」と感じました。安定を選んでしまいそうな自分が想像できたからです。
一方で、子育ても大切にしたい。実家の助けを借りられる場所として、大阪か唐津を検討しましたが、大阪で暮らしている父は一人暮らしで育児のサポートが難しい状況だったこと、唐津には妻の親戚が多く、子育てを支えてもらえる環境があったことから、唐津への移住を決断をしました。
子育てをしながら、自分たちが理想とする「夜をメインに、コース料理をゆっくり楽しんでもらえる大人の店」を実現できる場所、それが唐津でした。自然や食材の豊かさは、正直なところ移住した後に実感した魅力で、決断の一番の理由は「子育て」と「家族の支え」でした。
Q3.移住を考え始めたのは何年前ですか?
唐津への移住を考え始めたのは、実際に移住する約1年前、今から4年ほど前です。強い焦りもあり、「気持ちが熱いうちに動きたい」という思いがありました。前の職場を抜けても支障が出にくいタイミングや、子どもの誕生など、いくつかの条件が重なり、検討を始めてから約1年で移住を決断しました。
Q4.移住するまでやお店を始めるまでに大変だったことはありますか?
移住に向けて大変だったのは、実際に移り住むまでの準備期間でした。
出産前後は少し特殊な状況で、妻と子どもは先に唐津へ戻り、私は京都に残って働くという、いわゆるニ拠点生活をしていました。妻は2月に里帰りし、3月に出産。その間、私は月に一度ほど、休みを使って唐津へ通い、深夜便や早朝便を利用して一泊だけして戻るという生活でした。短い滞在の中で、家族に会うことと並行して、住む場所や物件探しも少しずつ進めていきました。
家探しや各種手続きなどで慌ただしく、仕事の最終日の翌日に引っ越すという、かなりタイトなスケジュールで、引っ越し自体もほぼ1日で終わらせるようなバタバタした引越しでした。
唐津に移住してから、店をオープンするまでには結果的に約2年かかりました。住む場所は比較的スムーズに決まりましたが、店舗物件についてはなかなか条件に合うものが見つからず、時間を要しました。
店の準備期間中に、唐津の食材や生産者、器や人とのつながりを少しずつ知ることができ、子育てをしながら地域に馴染んでいく時間になりました。結果として、この2年間は「時間がかかった」というよりも、唐津で暮らし、商いをするために必要な準備期間だったと感じています。夫婦の間でも、「あの2年は必要だった」「お試し移住のような時間だった」と、今ではよく話しています。

お店の準備をする大重さん
Q5.お店を始めるまでに開業支援などは受けましたか?
お店を始めるにあたり、唐津市の創業支援制度を利用しました。商工会議所にも相談しながら準備を進めました。
店舗物件は、不動産情報に出ていたものではなく、家族の知り合いを通じた紹介がきっかけでした。他の物件も見ましたが、老朽化が進み改修費がかかるものもあり、初めての開業で大きな借り入れが難しい中、条件に合う物件は限られていました。
その点、今の場所は以前和食店として使われていた居抜き物件で、設備が整っており、建物の雰囲気も含めて理想的でした。時間はかかりましたが、結果的には良い巡り合わせでこの場所で開業できたと思っています。

お店の外観
Q6.実際に京都からご家族で移住して、移住前と移住後でギャップはありましたか?
圭司さん:移住前に思っていたよりも駅前の人通りが少なく、商売を始めるにあたって「本当にお客さんが来てくれるのか」という不安がありました。
真璃さん:Uターンで戻ってきて驚いたのは、食材の豊かさです。魚はもちろん、肉や野菜、果物、お米まで、身近な場所で新鮮なものが手に入る環境でした。唐津焼についても、以前から良いものだとは知っていましたが、改めてUターンで戻ってみると新しい作家が増えていたりと新たな発見が多くあり、とても面白く感じました。
都会と違い、唐津では良いものの情報が自然に入ってくるわけではありませんが、自分から動けば、農家や作り手の方が丁寧に教えてくれます。何でも揃っている街だからこそ、行動することでより深い魅力に出会える。そのワクワク感は、唐津ならではの良いギャップだと感じています。
Q7.子育てとお店を両立しておられますが、 子育て環境はどうですか?

唐津城で撮ったお子さんとの写真

唐津で子育てと店の仕事を両立する中で、最初に困ったのは夜に子どもを預けられる施設がほとんどなかったことでした。保育園の時間帯は問題ありませんが、帰宅後に預かってもらえる場所がなく、その点は想定外でした。
ただ、その分、家族や近所の方に助けてもらえる環境があり、これは京都ではできなかったことだと感じています。日中の子育てはとてもしやすく、子どもがのびのび過ごせる環境だと思います。
保育園については、年度の途中から年の近い兄弟を同時に預けられる園が限られており、最初は家から少し離れた園になりました。ただ、園児数が少なく先生方も親身で、結果的にはとても良い選択でした。
Q8.休日はどのように過ごしていますか?唐津のおすすめスポットを教えてください。
唐津は自然がとても身近で、休みの日には、季節の移ろいを肌で感じる過ごし方をしています。唐津は『思い立ったらすぐ行ける場所』が豊富にあるのがいいですね。家から歩いて海へ行ったり、七山の川で遊んだ後に、温泉に入ったり、山でキャンプをしたり、春には桜を愛でたり。日常の中にある唐津の四季折々の豊かな自然を満喫しています。お昼まで家でゆっくりしていても、そこからパッと出かけて楽しめるスポットが身近にたくさんあるのは都会にはなかった魅力です。子どもにとっても良い刺激になってるなと感じています。

七山の鳴神公園の玉島川
唐津でおすすめの場所を聞かれたら、『何気ない日常の風景』を挙げたいですね。具体的に感動した場所ということで言えば、厳木(きゅうらぎ)にある広瀬で見た蛍です。時期や日にもよるそうですが、そこで見た蛍の乱舞には本当に感動しました。あんなにたくさんの蛍が舞う光景は初めてで、まさに『圧巻』の一言でした。

唐津市厳木町で見た蛍

鏡山展望台からの眺望

二十日恵比寿の笹福
Q9.唐津に移住をしてから暮らしに変化はありましたか?
全然違いますね。京都ではマンション住まいで、近所付き合いは全くと言っていいほどありませんでした。
それが唐津に来てからは、隣に住んでいるのがどなたか分かりますし、自然と挨拶を交わす関係があります。都会のようにプライバシーが完全に切り離された生活ではなく、『隣のおばちゃんだな』と認識できるような、お互いの顔が見える距離感。そういう繋がりがあるのは、やはりいいなと感じます。
町内会を通じて、運動会や盆踊り、餅つきといった地域の行事にも関わっています。仕事柄すべてに参加するのは難しいですが、こうした交流を通じて、地域の一員としての繋がりを実感しています。
Q10.地域行事などに参加してどう感じますか?
地域の行事に参加することについては、もちろん全てがウェルカムで受け入れられて楽しい、ということだけではないと思っています。自分も楽しもうという気持ちが必要ですし、僕らはお客さんではないので、一緒に町内を盛り上げていこうという気持ちがあってのことなんです。皆さん、誰かにお金をもらってやっているわけではなく、子どもたちに楽しんでもらいたいという気持ちで、餅つきの準備をしたりテントを建てたりしてくださっています。僕は当日に行って設営を手伝うくらいですけど、本当に感謝しています。
自分の時間を使って設営に行ったり、休みの日でも運動会に行ったりすることを煩わしいと思う人も中にはいるかもしれませんが、そこに参加することで子どもの顔を覚えてもらえたり、自分たちのことを知ってもらえたりすることは、次に繋がっていくと思うんです。『大重さんのところの誰々ちゃんだね」と声をかけてもらえる。そういう地域の温かさは、いいなと思います。
Q11.中華大しげはどんなお店か教えてください。

店内の様子
『中華大しげ』は、もちろん中華料理店なのですが、枠にとらわれないスタイルを大切にしています。僕が京都で勤めていたお店の大将は和食と中華の両方を経験してこられた方でしたし、妻も和食の料理人として修行を積んできました。
そのため、中華に軸足を置きつつも、和食のアドバイスを取り入れながら料理を作っています。『この魚なら和食ではどう料理するか』『この季節、和食では何を出すか』といったアイディアを妻と話し合いながら、色々なやり方を取り入れているイメージです。
器も、一般的な白い中華皿だけでなく、せっかくの土地柄を活かして唐津焼や有田・伊万里焼などを使っています。
Q12.唐津での営業スタイルはどのような形ですか?

現在は最大で3組、2名様からの完全予約制という形で営業しています。京都で勤めていた頃は、もう少しお店の規模自体は大きかったのですが、営業の方法は当時と似ていると思います。
Q13.食材の仕入れ方に変化はありましたか?
京都の職場では、牛乳1本、卵1パックから何でも配達してくれていたので、自分から仕入れに行くことはありませんでした。京都には大きな中央卸売市場があり、注文さえすれば中卸の業者さんが何でもお店まで配達してくれていました。でも、唐津にはそうした大規模な市場がありません。今は自分でお店を切り盛りしていることもありますが、毎日産直や生産者を回って、自分の目で見て、手で触って食材を選ぶようにしています。
手間はかかりますが、そうして納得のいくものを集めるのが、今の僕のスタイルですね。
Q14.唐津の食材と京都の食材の違いはありますか?
食材の違いについては、どちらが良い悪いではなく、それぞれの良さがあると感じています。京都のような都会には全国から質の高いものが集まりますし、京野菜のようにその土地独自のものを一生懸命作っている素晴らしい生産者さんもいらっしゃいます。
ただ、唐津で驚いたのは、手に取れるまでの『スピード感』ですね。産直に行けば、おばあちゃんが朝採ってきたばかりの土付きのごぼうや大根が並んでいる。都会だとどうしても輸送に一日かかってしまいますが、ここは生産地だからこそ圧倒的に早いんです。アスパラやトウモロコシ、レンコンといった鮮度が命の食材は、やはり抜群に美味しいなと感じます。
それはスーパーに並んでいるお魚も同じで、普通に買うお魚の鮮度が、驚くほど質が高いんです。もちろんプロが使う魚とはまた別ですが、日常的に身近で手に入るものの質が高い。
Q15.そういった食材を扱う難しさはありますか?
唐津で料理を作るのは、難しくもありますが、それ以上に楽しさを感じています。何より面白いのは、季節の進み方を肌でリアルに感じられることです。暦の上での季節ではなく、今の気温やその年の気候によって、野菜の成長が早まったり、急に出回るものが変わったりする。そうした自然のダイナミックな動きを間近に感じられるのが、この土地ならではの面白さですね。
お魚についても、地元の魚屋さんとやり取りをしていますが、海がしけると本当に何もなくなるんです。都会にいれば、他県から引っ張ってくることもできますが、僕はあえて『地のもの』を使いたい。だからこそ、しけて何もない中でどうするか、魚屋さんと相談しながら、代わりになる提案をもらったりして献立を考えます。
昨日まであったものが今日はない、といった不確実さは確かに難しい。でも、行き当たりばったりではなく、数日先の見通しを立てながら、その時々にある食材をどう活かすか。そうやって自然の状況に応じながら料理を組み立てていくプロセスに、難しさとともに大きなやりがいを感じています。


Q16.その他にお店をやっていてやりがいを感じる時はどんな時ですか?
お店をやっていて何より嬉しいのは、地元や近隣の方から『唐津でお店を出してくれてありがとう』と言っていただける瞬間です。自分の仕事に対して、そんな風に声をかけてもらえる機会はなかなかないことなので、本当にありがたいですし大きな励みになります。
また、『大重さんのお店に来たくて、初めて唐津を旅行先に選びました』と言ってくださるお客様もいらっしゃいます。実際に唐津を訪れて『素敵な場所ですね』と感じてもらえると、自分の仕事を通じて少しでもこの地域に貢献できているのかな、と実感できて、ここで始めて良かったなと思います。
僕たちのような小さな店は、お客様との距離がとても近い。自分が作ったものをすぐ目の前で食べてもらい、ダイレクトに反応をいただける。そんな風に、地域やお客様と近い距離で仕事ができている今の環境に、ものすごく感謝しています。
Q17.今後、仕事・暮らし・子育てなどの面で、取り組んでいきたいことはありますか?
今後の展望については、まずはオープンしてまだ1年4ヶ月ほどですので、このお店をしっかりと続けていくことを何より大切に考えています。何かを新しく売り出したいといった欲よりも、今はもっとこの場所で地に足をつけたいという気持ちが強いですね。
現在は昼か夜、どちらかの時間帯に絞って営業していますが、将来的には人を雇い入れることで、毎日昼夜ともに営業できる体制を整えられたらいいなと思っています。そうしてお店がもっと活気づき、ここを目掛けて唐津を訪れてくれる方が増えるきっかけになれば、それはとても嬉しいことですから。
暮らしの面では、子どもたちがこの先、唐津という場所を好きになって育ってくれたら、親としてそれだけで十分です。また、今は大阪で一人暮らしをしている父をいつか唐津に迎えられたら、という思いもどこかにありますね。無理強いはしませんが、おじいちゃんと一緒にこの場所で過ごす時間は、子どもたちにとっても良い経験になると思うんです。そうした家族との時間を大切にしながら、一歩ずつ進んでいきたいですね。
Q18.現在、唐津への移住を検討されている方へ向けて、アドバイスやメッセージをいただけますか?
僕たちは妻が唐津出身ということもあり、比較的スムーズに溶け込めましたが、全く知らない土地への移住は不安も多いと思います。これから唐津で暮らし、商売をしようと考えている方に伝えたいことは、良い面だけでなく、現実もシビアに見てほしいということです。
まず商売の面では、僕は楽観的に『唐津駅周辺なら物件はすぐ見つかるだろう』と思っていましたが、実際はそう簡単ではありませんでした。たまたま今の場所が見つかりましたが、本来はもっと念入りに調べておくべきだったと感じています。また、都会のように毎日人があふれているわけではなく、ふらっと夜に入ってくれるお客様も多くはありません。
それでも、もし『唐津が好きだから、最悪ここで商売ができなくても、この街で暮らしていきたい』と思えるのなら、ぜひ来てほしい。そう思える人なら、逆に商売も上手くいくのではないかと思うんです。
地域のコミュニティも、人によっては『煩わしい』と感じるかもしれませんが、自分から入っていくパワーがあれば、それは都会にはない強い結束力や温かさに変わります。街が狭いので、良くも悪くもすぐに名前を覚えられたりしますが、それを『見守られている』という強みに変えられる人なら、唐津は最高の場所になります。
一つアドバイスをするなら、一日だけ観光に来るのではなく、少し長く滞在してみてください。有名な観光スポットを巡るだけでは、唐津の本当の良さは分かりません。雨上がりの河川敷の夕焼けや、何気ない道路沿いのイチョウ並木……そんな日常の風景が素晴らしすぎて。そこを愛せるかどうかだと思います。
不便なこともありますし、車も必須です。でも、そうしたマイナス面を抜きにしても『唐津が好きだ』と思える方なら、間違いなくここでの暮らしを楽しめるはずです。

【Information】
中華大しげ












