小さい農から豊かな暮らしを育む
前川淳子さん 前川匡哉さん
大阪府出身 唐津市出身
「何か決断が必要な時は、不自然なことはしないということを軸に決めています」とインタビューで語っていたのは、唐津出身で大阪からUターン移住された前川匡哉(まさや)さんと大阪で生まれ育った淳子(じゅんこ)さん。移住先でその土地の風土や歴史、自然、人を大切にし、その土地に寄り添い暮らしている二人が、唐津に移住するまでの経緯や唐津でおくる農ある暮らし、地域との関わり方を伺った。
Q1. 移住前はどこでどのようなことをしていましたか?
淳子さん:移住前は大阪市に住んでいました。NPO法人で障がい福祉に携わる仕事を15年していました。大阪では、仕事中心の生活で、今の生活と比べるとゆったりと過ごすというような時間は少なかったかもしれないですね。
匡哉さん:僕と淳子が出会ったのは同じ障がい福祉NPOで、大規模な施設の中で隔離されて暮らそうとするのではなく、街に出て地域で暮らそうとするところでした。代表の人が脳性麻痺の当事者の方で。対お客さんではなく、対等な関係で。喧嘩もするし、お互い言いたいことを言い合って納得するまで話し合う、そんな毎日でしたね。僕はそこで5年ほど働いて別の重度の知的障がい者NPOや、野菜苗の農家さんでの仕事も経験しました。
Q2.移住のきっかけや理由は何ですか?移住を検討し始めた時期は?
匡哉さん:大阪にいる時から農ある暮らしと共に豊かな暮らしができるような場所を探していました。大阪在住の頃、週末に奈良で竹林整備をしながら、子どもたちの遊び場作りや、竹林コンサートなどの企画に関わりました。畑も6年ほどやっていましたが週末だけだったんで、もっと生活の中心に自然のある暮らしを置くにはどうしたらいいか考えていました。
何年も前から「いずれ唐津に帰ろう」と話していました。50歳を目前にした時、今アクションを起こさなかったら、もうこのまま大阪にいるだろうなと思ったことがきっかけの1つです。
奈良県でのバンブープロジェクトの様子
Q3.移住するにあたってどこか相談されましたか?
淳子さん:唐津に帰省していたタイミングで、唐津市の移住相談窓口を訪れました。窓口に入る前に、「どうしよう、どうしよう」と戸惑っていたんですけど、「もう移住すると決めてるんだから行こう!」と飛び込みで移住相談窓口に行きました。ちょうど移住する1年前に相談に行きましたね。
匡哉さん:相談に行ってよかったです。踏み入れてなかったら具体的に進んでいなかったと思います。第三者というか、移住コンシェルジュの方に自分たちが考えていることをアウトプットするっていうことが一番良かったと思います。気持ちがポジティブになりましたし、どういう段取りで動いたらいいのか、受けられる移住支援の内容も聞けましたし、同じように移住を検討している人がこっちにいるとか、人を繋いでくれたことで圧倒的に情報が増え、すごく助かりました。
Q4.現在のお住まい(住宅)との出会いは?
匡哉さん:今の住まいは唐津市の空き家バンクから見つけた物件で、他にも3軒見に行きました。今の物件にしようと決めたのは淳子が「ここだ」って言った直感からです。僕より先に玄関に入った淳子が家に一歩入った瞬間、ふっと僕の方を見て「ここが良い!」と言ったんです。
建物に付随していた農地山林は宝箱だったそう
Q5.前川さんはお試し移住も利用されていますが、お試し移住利用中はどのように過ごされていましたか?
匡哉さん:お試し移住は、空き家バンク物件の購入を決めた後、主に家の改修準備の期間として利用しました。家の工事や手続きに関しては自分で不動産や工事業者とやり取りをしていました。お試し移住で唐津に滞在できるので、改修に関しての細かいやりとりが、大阪からではなく、現地で業者さんと顔を合わせて相談できたことはよかったですね。
他には、アテンドしてもらったことや同時期に滞在していた人と交流できたこと、移住者コミュニティの交流会に参加したことで地域の情報や人脈が広がったことが良かったです。移住前に利用できるので、移住を検討している人は助かるんじゃないかと思います。
Q6.空き家バンクの物件を購入されて、空き家の改修費補助金を利用されていますがどこを改修されたのですか?
匡哉さん:住宅の1階部の水回りを中心に改修をしています。床を直したり、トイレやお風呂の場所を変えて新しくしたり、工事を含め、家の取得費用は結構かかりました。私たちの場合はリフォームも自分たちでできるところは手伝いますと業者に伝え、建設廃材を土のう袋に全部入れてトラックに運ぶ作業を夏の時期にやっていましたね。
Q7.現在は唐津でどのようなことをしていますか?
匡哉さん:今は、空き家に付随していた畑を開墾して自然栽培で野菜を育てています。
農業だけで食べていくのは難しいだろうなと思っていて。設備投資だけで相当な金額が必要で、新規就農者向けの補助金もあるんですけど、5年10年継続して行くことを考えた時に大規模農業は移住当時49歳の自分には向いてないなって思いました。
小規模多品目の「小さい農」で稼げる方法はないか調べていった結果、自分は自然栽培という方法を選びました。化学肥料や動物性堆肥を使用せず、土壌微生物に寄り添う農法ですね。
奈良の畑で色々と試していく中で、肥料を全く入れずに栽培した時に、ホトケノザっていう草がワーッと生えたんです。ホトケノザが生えるということは、バランスがとてもいい土だと言われているんですよ。そのときにできたカブがすごく美味しくて、「これを周りにいる人に食べてほしいな」と思いました。
野菜と共生するホトケノザ
その後、自然栽培の講座を受講したり、自然栽培の実践者から学び、まずは土や自然の関係を見て育てる、肥料も入れない自然栽培の面白さを知りました。これで美味しい野菜ができればもっと面白いし、そっちの方が付加価値がつくだろうと思います。この先、自分なりに持続可能な農業のことを考えていくと、肥料も高くなるし、もしかすると海外から肥料を買えなくなる日が来るかもしれない。自分の周りの身近なもので育てられるような技術を持った方が、続けられるとも思いました。
もちろん自然と向き合うのは簡単ではないので、失敗することも多々あります。コントロールできないですしね。「自分がこの野菜を作りたい」という思いが先ではなく、「ここの土には何が合うだろうか」今ある環境を先に考えて野菜作りをしています。自然と向き合い、その土地の歴史を地域の人に聞き、土を調べ、その土地にあう野菜を育てられるように試行錯誤しています。
畑の開墾を行っている様子
Q8.前川さんが育てた野菜はどこで売っているんですか?
匡哉さん:今は、市場などには出さずにSNSを活用し、その時期に採れた野菜をセットにして、顔が見える形で直接ひとりひとりのお客さんや飲食店に販売しています。あとは、地域のマルシェに出店もしています。どんな人がどんな環境で作っているか見える形が自然体だなと思っています。
自然栽培という農法に魅力を感じてもらえる人、食べてみたいと思う人、何よりここの野菜は美味しいと食べてもらえる人に買ってもらえるのは嬉しいですね。実際に農場まで足を運んでくれる人も増えてきました。
Q9.唐津に移住をしてから暮らしに変化はありましたか?
淳子さん:生活は一変しました。自分たちのペースで生活することができています。大阪にいたときは毎日やることが多かったんですが、こちらでは何かに追われることが少なくなったかもしれないですね。
匡哉さん:それは本当になくなったね。大阪に住んでた頃は疲れて帰ってきて、二人で居酒屋で済ませようかって週3〜4回は外食をしていたのですが、唐津に来てからはなくなりましたね。だから、こっちに来て、それっていらなかったんだって気づきました。要らなかったもの、削ぎ落とされていくものがたくさんあってこれが自分たちにとっての多分豊かな暮らしに繋がっていくのかなと思います。
Q10.移住後に感じた唐津の魅力はなんですか?
淳子さん:食べ物がなんでも美味しいですし、人の温かさも魅力的に感じています。自宅の近くには長年住んでいる方が多いので、分からないことを聞けば何でも教えてもらっています。
匡哉さん:唐津を愛する人が多いことが唐津の魅力だと思っています。地元の事が好きな方が多いので、唐津の歴史を話せる人がいるっていうのは嬉しいですね。
Q11.地域の人との関わりはどうやって生まれたんですか?
匡哉さん:地域の方々のペースに合わせて少しずつ関係を築いていきたいなと思っていました。「移住して来る人はどんな人なんだろう?」って地域の人が思っていることがすごくわかるんですよね。地域の人との関係はちゃんとしておきたい、顔が見える付き合いをしていきたいっていうのは、ずっと思っていました。初めはまず、挨拶をちゃんとしようと思って。そうすると、みんな挨拶を返して下さって、 「この前、あんた挨拶してくれたのに俺返されんでごめんね」と、言ってくださった方もいました。移住して1年経った今は、地区社協の活動や区の会合、地区の草刈り等にはなるべく参加するようにしています。
東日本大震災や熊本地震の時に、避難所の支援に行ったりもしていたんですが、地域で顔の見える活動をしてる所が共助の力も強いことを実際肌で感じました。災害が起きた時、行政の支援がすぐ届くわけではないので、自分たちで助け合う力は必要になってくると思いますし、やっぱり付き合いはちゃんとしておかないといけないと思います。
それに、地域の人に相談することも大事なことだと思うんですよね。
相談することで、地域の人も僕たちが何に困っているのかをわかってくれて、何かアクションしてくれます。小さいことでも相談するっていうのは大事なことかなと思いますね。みんなよか人ばっかりだからこっちが思った以上のことをしてくれて。すごいですよ、助け合いが。
Q12.今お住まいの肥前町切木(キリゴ)地区には公休日があるって本当ですか?
淳子さん:公の休みの日で、公休日っていうのが月に2回あるんです。
もう何十年も前からあって、他の地域から嫁いできた奥さんが家事や農作業の手伝いがあってなかなか休めないことから、休む日を作ろうという動きが始まりだそうです。その時は夫婦で遊びに行くとか、奥さんだけが「遊びに行ってきます」って堂々と言える日で。昔は休んでいないと罰金制だったようです。
切木から車で5分の絶景「大浦の棚田」
匡哉さん:それぐらい徹底してたってすごいですよね。なんか珍しいことじゃない。何十年も前から女性を大事にする日があるってね。集落別に女性の懇親会や小旅行とかがあってね。そこには男性は行けない。
淳子さん:それがあるおかげで集落のみなさんと仲良くなれてるかもしれないですね。グループラインもあって、世代は、上は70代までいて。今度日帰り旅行に行きますよ。
県外の修学旅行生たちと農場の竹柵作り
Q13.農業以外で活動されていることや今後やっていきたいことはありますか?
淳子さん:私は先に仕事を決めてなかったからこそ、今の繋がりができてるのかなってすごく最近思っています。いろんな人と繋がって唐津での生活が楽しくなってきました。現在は、唐津で出会った保護猫活動をしてる人、困窮者支援をしてる人、障がい福祉や農業に携わっている私の女性3人で、「一般社団法人えふ」という団体を立ち上げ活動しています。他には、縁があって介護施設でも働いていたりします。
匡哉さん:今住んでいる家を人が集まるような拠点にしたいと思っていて、今は民泊で中学校や高校の修学旅行生やフリースクールの子どもたちの受け入れを行っています。季節の移り変わりとともに自然を満喫してもらえるよう、たけのこ掘りから始まって、竹柵づくり、種まきや出荷作業のお手伝いから、ビワ採りや山椒採り、蛍を見に夜の散歩に出かけたり、星を眺めたり、海で遊んだり、かまどでご飯やみそ汁を作ったり様々な体験を通して肥前町の魅力を感じてもらえたらと考えています。また今後は障がい福祉に関わる人を呼んで自然体験をしてもらえるような機会も作ったり、地域の方々のニーズにあわせて、ご高齢の方々のサポートなど、地域福祉に関わる時間も大切にしていきたいですね。
今も大活躍している3口かまど
匡哉さん:今の生活がしんどいと思っている人で、田舎で暮らしたいなって思ってる人もいると思います。40代、50代になって、自分の人生これから先のことを考えてる人、結構多いと思うんです。ずっとこうやって会社で働き続けるのかとか、そういう人たちにちょっと息抜きに来てもらえたらなと思ってます。これから、時間を使って農ある暮らしを軸に人が集まる拠点を作っていきたいなと。
淳子さん:とりあえずここにいろんな人が来てほしいと思っています。どんな人が来てもいいっていう場所であり続けたいですね。
Q14.移住を検討される方に対して、アドバイスやメッセージをお願いします。
匡哉さん:まずは、移住相談窓口になんでも相談をしてみることかなと思います。そこで自分が移住先でどんな暮らしをしたいのか、何を求めてるのかを、 見つめ直すことができると思います。また、他には唐津は広いので、観光して周ることで、ここに住んでもいいねっていう自分のお気に入りスポットが見つかるかもしれません。具体的に、家探し等で不安に思うことがあったら、 私達に相談してもらっても大丈夫です。
淳子さん:唐津には移住されている方々がたくさんいるので、自分が求める生活スタイルに近い移住者の方と繋がることも大切かなと思います。自分が検討している地域に住んでいる移住者の方から普段の生活の様子とか、具体的な話を聞くことで、イメージも深まると思います。
【Information】
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