古民家に宿る想いを大切にする人々
代表 菊池 郁夫さん
「特定非営利活動法人 からつヘリテージ機構」2014年に設立し、佐賀県唐津市で現在15名と4団体で古民家や古い街並みを守る活動が行われています。未来に残せる良き建物を1軒でも多く、風情ある街並みをそのままに。その活動は時代の流れで失われていくかもしれない昔の面影を残すためでもあります。本日お話しして下さった菊池さんはからつヘリテージ機構の代表であり、1級建築士の仕事もされています。奥さんの典子さんはライターとして夫婦でからつヘリテージ機構の活動をされています。
現在は唐津市に登録有形文化財が10軒を超え、後世に残していきたい建築技術や所有者の想いが詰まった建物は何百軒もあるとお聞きしました。まずはMAPにしてみようと1軒1軒地図を片手に建物を探し回る日々が続いたそうです。この広い唐津市を自らの足で歩き、目で見て、肌で感じ、針の穴に糸を通すかのような気の遠くなるこのMAP作りをきっと菊池さん達は笑顔で続けられたんだろうなと想像を膨らませました。宝物を探すかのように。
<現在2冊発行されている唐津建築遺産MAP>
2018年にはクラウドファンディングに参加。100人を超える支援者のおかげで予想以上の支援金が集まり、旧東木屋補強工事が行われました。旧東木屋は酒造場の木造2階建てで江戸時代の貴重な建物です。唐津の人々に親しまれているこの場所をからつヘリテージ機構の皆さんは見事に蘇らせたのです。
唐津文化遺産の日には、まち歩きツアーを開催しています。改築中の建物を見学したり、現在お店となっている古民家を歩いて回ることで各々の建物の魅力を発見できる時間となっています。今年のまち歩きツアーは海外からの参加者もいたとの事で現代的な建物が多い中、古い街並みに注目が集まることは嬉しい限りです。唐津市以外でも福岡県黒木町でまち並みフォーラムに講師として参加し、町づくりや資金調達の話など情報共有しながら毎年福岡県内を廻っている活動も行っているそうです。これからはふるさと納税にも活動を広げていきたいと未来へ繋ぐプロジェクトは一歩一歩進んでいました。
菊池ご夫妻の話に登場したのは、日本料理店「あるところ」の店主でした。店主平河さんは建築には全くの素人でありながら自分達で古民家改装をしたお一人です。「セミナーへ参加しては積極的に質問し、教えてもらったことを実行し、古民家改装を楽しんでいた姿が印象的だった。あんな風に積極的に体感してくれるのは唐津の古民家改装に携わる職人達とも交流が出来て、人が繋がっていくから嬉しいね」と菊池さんは1つ1つの古民家再生に詰まった思い出話を聞かせてくださいました。
<日本料理店 あるところの外観>
そして続きはこんな優しいお話へと繋がりを見せます。昔の大工職人は柱一本一本をカンナで削り、手の感触で確かめる作業を何度も繰り返しました。人の手に触れた木材はぬくもりを帯び家に魂を宿します。遠方から来た職人は完成するまで寝泊まりをしながら、1軒の家に愛情をかけていた時代。その愛情は見えなくとも家に流れる空気が優しく感じるのはそのおかげであり、解体した時にしか分からない職人の遊び心も隠れているそうです。例えば「俺の建てた家だぞって魚や鰻の絵が描いてあった事もあったな。見えない所にある遊び心を見つけるのも楽しくてね」と。建物への愛情を粋に残した職人達の想いはちゃんと今の時代に受け止められていました。
「これから伝えていきたい世代は?」との質問に菊池さんの目元は一層優しくなりこんな答えが返ってきました。「中学生や高校生だね。この子達が大人になったときにどれくらいの建物を残せるだろう。まず自分が住んでいる町に誇りを持ってほしい。こんなにすごいものがたくさん残っているんだって。そのためにも歴史を知ってもらいたいね、簡単でもいいんだ、古民家に泊まってみたり、お茶をしに行ったり。その場へ行ってみて感じてもらえたら伝わるものがきっとある」古民家へ足を踏み入れるとどこか懐かしいおばあちゃん家の落ち着く空気感。どっしりとした梁や、泥壁が作り出す空気の透明さ、畳の居心地の良さに、ひやっとする土間の足元。現代の家では味わえない独特の懐かしさに惚れる若者が増えてくれるためにも、古民家と関わる体験ができることを考えているとの事でした。
<古民家を再建した町家カフェ野いちごの内観>
上記の写真は野いちごというカフェですが、ぜひこんな場所へ足を運びその場所に流れている歴史を感じてもらえたらと思います。ゆったりとした雰囲気が心をじわっと満たしてくれます。
また、唐津市に住んでいる方には空き家に興味を持ってほしいとおっしゃいました。核家族化は進み、住み手がいなくなるからどうしようなどと悩んでいる方も多いかと思います。家の管理を後々息子家族に頼むのは負担になるだろうから。昔祖父が住んでいた家を建てたままにしておくより崩してしまった方がいいのだろうか。そんな風に重荷に感じている方がいたら気軽に手放すことも考えてほしいと。「手放すのは冷たいことなんかじゃない。本当に住みたくて探している方もいるのだから、後は縁に任せてみたらいい。古民家が生き返る話を今までたくさん見てきたから」そう菊池さんご夫妻は願っていました。「新しく御縁があるまで家をもたせるのが自分たちの役割だと思う。そこには1つ1つ物語があるから、仕事より面白くなっちゃう時もあるんだよ」心から微笑んだ菊池さんからにじみ出た古民家への愛は、からつヘリテージ機構の団体を包み込み、唐津の風情へと繋がっている。そう感じずにはいられなかったのです。
<からつヘリテージ機構の皆さん・東木屋前にて>
菊池さんは「唐津市に移住して唐津自慢ができるようになったんだよ。唐津くんち!年に一度の祭り!あれいいね!だから、曳山が通る道の背景が変わっていくのは寂しいんだよ。昔の風景のまま14台の曳山が駆け抜けていく町であってほしいね」そんなところにも古民家への愛情は繋がっています。
からつヘリテージ機構の活動は一見関係ないかのように見える人々の悩みを上手く結び付け、繋いでいくことで“満たしている”のだと感じます。古民家を手放してもいいと肩の荷をおろす持ち主の心や、古民家を探している方と希望の一軒を共に作り上げていくこと。唐津くんちの背景が昔と変わらぬままであることで、見る側により迫力や感動を印象付ける満足さを。昔を感じられるからいい。昔のままだからいい。
心の奥の方が何だかホッと安心する。そんな風情に感動する。日々の暮らしにそんな感性が宿る唐津市であってほしいと感じたのです。顔も知らない昔の職人達が作ったものは二度とお金では買えないので一層そう感じたのです。唐津市で唐津建築遺産MAPを片手に回る旅をすればタイムスリップ間違いなしですね。さぁ、今日はどこを巡りましょうか。
<東木屋と野いちごのある細道を唐津くんちの曳山が駆け抜ける風景>
コラムニスト:山口さやか
出身地は福岡県八女市。
福岡県で22年間過ごし、2008年10月に唐津に移住。
会社員、営業マン、個人事業、接客業など仕事を通して人との出会いが自分に成長をもたらすことを体感する。
そんな環境のなか経済学や帝王学にふれ、大人になって勉強するって楽しい!と自分の心と向き合い始める。
その経験を子育てに役立てたいと、現在は“何でもやってみよう!”と成長を見守る毎日。
苦手だった読書が今や趣味となり、親子で図書館へ行く日も多い。
住居は山の中。3児の母であり、自由な女性でありたい。